推しを超えた推し

自分はなっち推しです。
しかし、CDやDVDやグッズ類は滅多に買わないし、現場にもそんなに行きません。
それでも推しであることには変わりません・・・っていうか、もはや「推し」なんていう言葉に当てはめる必要すらありません。
推しを超えた推し・・・存在的にはそんな感じ。かなりわかりにくいと思うけど。


(以下、凹んでる時に思ったこと)


それではなぜ、娘。に関しては一ツアーのグッズ代が5万になったり、何度も何度も遠征を重ねてまで見に行くのか。
好きだからっていう固定概念は捨てて、あくまで個人的な主観でね。
もしかしたら、そうすることでしか自分を維持できないのかもしれない。
自分の存在意義を何かしら物や形で置き換えておかないと廃れてしまう。
無意識のうちにそんなことを思ってて、その置き換えられたものがグッズだったり遠征するという行動そのものだったり。
つまり






グッズの数・遠征の回数=不安の数






こういうことなのかもしれない。
部屋にいくつかグッズを飾っているけど、わざわざ「不安」を飾っているようなもの?
遠征でかかる費用も、「不安」の代金?
うーん、何書いてんだかますますわかんなくなってきた。


推しを超えた推しになれれば、もはや何もしなくてもやって行ける。
そこに行き着かないということは、まだまだなんだな・・・と。


そんでこれを書いてる今、歌ドキッ!でメロン記念日が「それが大事」を歌ってました。
「駄目になりそうな時 それが一番大事」・・・この歌詞が今の自分に突き刺さり、涙が出そうに。
駄目になりそうなのは、たった一回イベントに落選してこの世の終わりみたいな凹み方してる自分。
だけどこれが、一番大事らしい。 確かに、こんな状態でもなきゃ↑のようなことまず思わないし。
今回の落選は、いろいろと何かを考えるきっかけだったのかな・・・










ここまで拝読頂きありがとうございます。
凹んでる人間が書く暗い文章はあまり良いもんじゃない。
尚、これらの文章は全て自分自身を描写しているのであって、特定の人物やヲタそのものを非難・誹謗中傷するという意図は全くありません。
しかし、気分を害された方がいたら大変申し訳ありません。
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とりあえず・・・癒されたいorz